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Boxing Novelette                     ボクシング短編小説

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祥子から再び電話が掛かってきたのは、最初の電話から2週間ほど経った日のことだった。
「どうしました?」。
私の言葉に祥子は溜めた息を一気に吐き出すように、「聞いてもらいたいことが、もっと、あります。記事にしてくれ、というわけじゃありません。もっとわかってもらいたいことがあるんです」、そう言うと、「丸谷さんの都合のいい日を言ってください」と畳み掛けてきたのである。
面倒くさいな、という気持ちが突き上げてきたが、相手は24歳の美女である。
「分かりました。8日の7時ではどうですか」。私は即座に答えていた。思えば、それが大きな失敗だった。

新宿の酒場で待ち合わせた私達が、その日、最後に行き着いたところはJR・高円寺駅近くの彼女のマンションの一室だった。タクシーを捕まえ、二人して乗り込んだとき、私はしたたかに酩酊していたが、男ならではの期待を持たなかった、といえば嘘になる。が、その期待はすぐに不安に変わった。車中、彼女は身動ぎもせずにタクシーが進む方向を見据えていたからだ。やがて彼女はある町名を告げ、タクシーは間もなく止まった。そして私は早足で階段を上る祥子にひきずられるようにして、三階にある1DKの部屋の客となったのである。

部屋に入り、辺りを見回した私の目に飛び込んできたのは、夥しい量のウエイト・トレーニング機器だった。シングルベッドが、その無機的な物質に追いやられるように部屋の隅に置かれている光景に、私の酔いは一挙に醒めていった。
「この部屋で私はあなたに、ボクサーとしての自分を語らなければならなかったんです」。
その芝居がかった台詞にげんなりとした私は、酒を求めた。
「置いてないの」。
私の要求を断った後、祥子の長く寒々とした話が始まったのだった。


丸山幸一の
『祥子(さちこ)
~ある女拳闘家の記録~』

第1回
第2回

丸山幸一の
『悪魔に愛されたボクサー』
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
第9回
第10回
第11回