Boxing Novelette ボクシング短編小説
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その年の夏はうだるような暑い日が続いていた。
祥子からの手紙が届いたのは、その夏が終りかけていたころだった。
手紙はこんな内容だった。
「この前のこと、怒っていると思います。でも私は、あなたに触られたとき、あんな湿疹が出来るとは考えてもいなかったんです。あなたは高井や、高井が連れてきたあの男のような人間とは違います。私があなたに感じたのは高潔な心でした。だから別のことも期待したのかも知れない。
高井と別れてから私が抱いたのは、復讐の心でした。私の心を粉々にした高井への復習……。でもそれだけではなかった。・・私がいつも感じていたのは、高井が私から去って行く恐怖でした。前もお話したけど、何度も遭っているうち、私が高井の中に見たのは、私が空想していた愛とは全く異質の何かでした。それでも高井を失うことが怖かった。そして、その果てに高井に侮辱された自分が憎かった。 その私に私自身で復讐したかった。そうでなければ、これ以上、生きて行けない、と思ったんです。その方法。それが私が男より強くなることだった。だから私は沢山、走って、仕事が終わると時間が許す限り練習をして、家に帰ると筋トレに励み、そうして強い体を作りました。でも、その毎日に満足していたのはほんの半年でした。その後に感じたのは深い孤独でした。高校時代の友達に会っても、みんなみたいにはしゃぐことも出来ない。そういう自分を作り上げようとしたのは私自身なのに……。それは自分に復讐しようとした私自身が招いた結果でした。その孤独を癒やすために私は、もっと練習をして自分でも信じられないほど、強くなりました。でも孤独は深まるだけでした。生きて行くのが苦しいほど。そんなとき、出合ったのがあなたでした・・(後略)」
私がこの手紙を読んで感じたのは憐憫の情だった。同時に突き当ったのは、彼女自身の巧妙な自己欺瞞だった。祥子は私の中に『高潔な心』を感じ、それ故に自分を救ってもらえるかも知れない、という期待を持った、と続けている。しかし、私と出会ったのは2度だけだった。それだけで、どれほど私を理解出来るというのか。
確かに、彼女は私という取材者に嫌悪の感情は抱かなかったに違いない。とはいえ、私は全く未知の人間である。いわば、行きずりの男である。そんな男に何故、自分という人間を知ってもらおうと、考えることが出来るのか。その神経が理解できなかった。
私はしばらくして、祥子に返事の手紙を書いた。その中に私が感じたことを率直に綴った。私を“高潔な人間”と感じたのは、単なる感傷に過ぎないこと。さらに酷な言い方だが、高井が突如、祥子を道具のように扱い出したのも、その原因は、もしかしたら祥子の中にあるかも知れないこと。祥子の自己中心的な性格に、これまで多くの人間が負担を感じたに違いないこと。等々を書いた後、もう彼女からの連絡はないであろうと思いながら投函したのだった。
が、それから3ヶ月も経たないうちに、祥子からまた分厚い手紙が来たのである。
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