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Boxing-Zine


渋谷淳のアトランティックシティ取材記

下田敗れ、われわれの帰路も…。


2011年7月9日(日本時間10日)
米国ニュージャージー州アトランティックシティ
ボードウォークホール
  
 WBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ
チャンピオン                 挑戦者1位
     ●下田昭文(帝拳)  【KO7回2分46秒】  ○リコ・ラモス(米国)
 この原稿をデトロイトで書くことになろうとは…。WBA世界スーパーバンタム級王者、下田昭文の海外防衛を生で見ようとアトランティックシティまで飛んだ帰り。経由地のデトロイトで羽田行き午後8時15分発の便が計器故障で飛ばないというアクシデントが発生。夜中にホテルに入り、飯も食えず、予定していた取材をキャンセルする手配をして、ちょっと寝て、こうしていまパソコンに向かっています(涙)。2度とデルタには乗りません(怒)。

 それにしても下田は残念だった。海外にボクシングの取材に出かけたのはこれが5度目になる。マルセイユの仲里繁、パリの坂田健史、ウクライナの木村登勇、デュッセルドルフの佐藤幸治。いずれも負けたのだけど、衝撃度でいったら今回が最大だった。
 下田が追いかけて、リコ・ラモス(米国)が逃げる展開の試合。下田が強くプレッシャーをかけ、ラモスはさばいているというよりは、ちょっと下田を怖がっていて、仕方なしに足を使っているように見えた。終わってみれば下田にフルマークをつけてジャッジがいたように、採点ではリードしてたのだけど、果てしてどれだけポイントを集められているかはちょっと分からなかった。手元の採点は6回まで2ポイント差で下田がリード。距離が遠く、なかなかパンチが当たらなかったので「焦らなければいいな」と思いながら試合を見ていた。
 それでも、振りが大きかったり、ちょっと飛ばし過ぎだったりするところは、下田の長所という見方もできたし、リードはしていたと思うから、このままいけばKOは無理かもしれないけど、何とか判定勝ちはできるかな、と思っていたら…。
 それまで会場はわりと静かで、お客さんはお目当てのポール・ウィリアムスが出るまで力をためている感じだったんだけど、あの左フックで下田がゆっくりと倒れたとき、一気に大歓声が沸き起こった。ショックだった。左フック。一発だったけど、もろに効いていた。ゆっくりと崩れ落ちる下田。立ち上がろうとスローな動きで上半身を起こした下田。なんとかいけそうかなと思っていたんだけど。最後のシーンはたぶんトラウマになると思う。

             
                        快挙を見届けようと現地へ飛んだ大応援団

 相手が出てこないのなら、少しひいて様子を見たら良かったんじゃないかとも思ったけど、あれで勝っていたら「下田のアグレッシブなボクシングは素晴らしい」という評価になっていたと思うし、正直なところ何とも言えない。ただ、帝拳の本田明彦会長の目には「ガチガチで最初からおかしかった」と映っていたそうだ。セコンドの言葉は耳に入らないし、クリンチでレフェリーがブレイクに入ってもすぐに離さなかったり、いつもの下田ではなかったという。
 確かに…。試合後、下田は病院に直行して、我々の取材に応じたのは午前1時ごろ、宿泊先のシーザースパレスホテルだったんだけど、何を質問しても、どこか上の空みたいな感じはあった。棒読みふうのしゃべりというか。
 帰り際、我々に向かって「遠くまで来てもらったのに申し訳なかったね」と口にした本田会長の寂しそうな雰囲気も印象的だった。海外で大きな試合をするっていうのは難しい。だからこそやりがいがあるのも事実。いいものを見せてもらいました。ネクスト、ネクストです。

 さて、さんざんな取材旅行でうれしい出会いも。デトロイトのホテルで会った男性、英語が堪能で(あとで知ったら元外交官。そりゃ堪能だ)、足止めを食った日本人のために翌日の便の手配なんかをしてくれたんだけど、この70歳という紳士が大のボクシングファン。エキサイトマッチを毎週欠かさないという猛者で、「今回の出張もね、クリチコとヘイの試合を見てから出発したんだよ」と渋い一言。同席していた27歳男性も「あ、僕の父親もその番組毎週見てます!」と告白。いるよボクシングファン。元気が出てきました!
           
What I think is・・・

芹江匡晋[伴流、日本スーパーバンタム級チャンピオン]

「試合翌日に、ジムで映像を見ました。結果は知っていて、ネットなどで語られているのを読んでいたら、『それまでは圧倒していたけど、一発を貰ってしまった』という感じだったんですが、実際に見たら印象は違いましたね。
 下田君は、1ラウンドは手数を出して前に出るということでペースを握っていましたが、ラモスは気持ちにゆとりがあって、リングを歩く感じでしたね。5ラウンドくらいから、距離を制しているように思いました。

ラモスは巧いですね。クリーンヒットを与えない。下田君は全開で行ってたから、インパクトは強かったんですが……。ラモスは下田君の動きを見切っちゃってた感じでした。4ランドくらいから下田君はスタミナがキツかったのか、大振りが増えてきた。ええ、キツイと早めの勝負を意識して大振りになってしまうんですよ。
 自分がラモスと戦うとしたらですか? 敵地だったら、下田君のように全力でいくでしょうね。でも、どっちが先にジャブを当てるかという距離の取り合いになると思います。最終的には、一発で決まるかもしれません。でも、おこがましいけど自分はラモスの一発では倒れない自信があります。
 下田君を倒した選手なので、オレが行きたい(挑戦したい)気持ちはあります」


三浦数馬さん
[元日本スーパーバンタム級チャンピオン。2008年10月、下田を8回負傷判定に下して日本王座奪取]

 敵地、しかもアメリカで前半にポイントを取るのは大事ですよね。下田選手も、そのとおりにいってポイントもリードしていたと思いますが、それは攻勢点で、深いヒットはなかった。立ち上がりは、相手も余裕がなかったけど、焦りはなかったですよね。「12ラウンドのどこかで……」という気持ちで、自分のボクシングを崩さなかった。これは、日本の選手にはなかなかできないことかもしれません。そこに、豊富なアマキャリアのどっしり感を感じました。序盤で下田選手の動きを把握して、中盤になって出てきましたよね。下田選手は、クリーンヒットを奪えないから、余計に大きく振ってしまった。当たらないときは、逆にフェイントを使って小さいパンチを多く打ちたいところなんですが……。一瞬のチャンスを逃さないラモスはさすがだったと思います。
 両選手の能力的に考えて、下田選手は戦い方次第で勝てたと思います。本当に残念です。 
 この試合、表面的には、ポイントをリードしていた下田選手が少し気を抜いたところで一発貰ってしまったように見えるかもしれませんが、深く見れば、ラモスの老かいさですね。序盤に下田選手を大きく動かして、スタミナを削って、大きく打ち込ませて、その隙を突くという……
 下田選手は空振りによる疲れもあっただろうし、飛ばしすぎもあったかと。クリーンヒットを奪えないから余計、大きく打ってしまった。立ち上がりから上体もよく動かしていたけれど、激しく動きすぎているかなぁって感じました。 
 国内で世界を獲って、国内で防衛戦をしていくというのが普通のパターンですが、こうやって本場のリングで防衛戦をするなんて、近年にはない“新たな歴史”でしたよね。結果は残念ですけど、この流れを終えてほしくはないですね。もちろん、下田選手にも、また頑張ってほしいと思います。


大橋弘政
[HEIWA=東洋太平洋スーパーバンタム級チャンピオン。2010年3月に壮絶な打撃戦の末、12回判定で下田に同王座を奪われた

 下田選手は前半すごく動きが良かったですよね。飛ばしすぎという印象はなかった。急に動きが落ちたのは、海外でのプレッシャー、時差が違うとか、そういう見えないプレッシャーがあったのかなぁ。それに、相手には、見た目以上のパンチがあったのかもしれません。 
 下田選手は前半が特に強く、ラモスは数試合、映像を見ましたが、スロースターター。お互いが得意とする距離が同じでしたよね。だから、下田のペースでいっているとは思ったんですが……。打ち疲れもあったのかもしれませんね。
 KOパンチとなった左フックの直前の右は、効いていないと思います。(左フックは)見えないパンチだったのかなぁ……。ラモスは、軸がしっかりしていて、体幹の強さも感じました。
 自分がやるとしたらですか? 相手が嫌倒れするくらいの連打ですかね。