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Reportage                     ボクシングルポ

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「アリを支配した人物」と題された大野の原稿は「アリがローマオリンピックで得た金メダルを自らの意思でオハイオ川に投げ捨てたとき、彼の人間としてのプロテストが始まった」という書き出しで始まっていた。

「(中略)カシアス・クレイがブラック・モズレム(黒人を対象とした回教)に改宗し、モハメド・アリと名をかえたのは1965年のことである。折しもアメリカが“ドミノ理論”即ち、ベトナムが共産化することで近隣諸国がドミノ倒しのように次々と赤化していく可能性をおそれたジョンソン米国大統領は、北ベトナムへの空爆を実行。世に言う北爆が開始された直後の年だった」
「かねてからクレイは黒人回教徒の指導者・マルコムXの言動に共感していた。やがてマルコムXがその過剰なまでの急進的、かつ攻撃的な思想により求心力を失い、その果てにかつての同胞のテロルによって命を落としたとき、ほぼ同時にクレイの心の中に入り込んできたのが、ハーバード・モハメッドであった。彼はマルコムのような頑なな理想主義者ではなかった。彼は宗教指導者であると同時に、実務家であり、またクレイに対して、父親の役割さえ担った穏健でバランスの取れた宗教家だった」

大野の原稿は夕刊紙にそぐわない論文調だったが、なかなか説得力があった。

「クレイは純粋な“アフリカ系黒人”ではなかった。アイルランド人移民を祖父母に持つ、複雑に入り交じった血を所有する黒人だった。クレイ自ら存在の根を探し求めるとき、即ち“オレは一体誰なのか”と自らに問いかける時、彼が突き当たるのは得体の知れない混沌だった。なぜならクレイは黒人という差別を一身に受ける人種であるにも拘わらず、同時にこのアメリカで大統領をさえ輩出した民族の血をも受け継いでいたのだから。クレイはその存在自体がアイデンティティーの危機に瀕した人間だったのだ」

そして大野はこう結んでいた。

「クレイが喚き叫び、対戦相手を罵るのは、確かにひとつのパフォーマンスなのだろう。が、同時にそれは自分自身を探し求め、その果てに常に分裂した自分に出会わなければならない男の悲痛な叫びなのかもしれない。そしてこのクレイにとって、ブラック・モズレムは彼を彼たらしめるに必要不可欠なバリアーであり、ハーバード・モハメッドは彼を新しい彼、即ちモハメド・アリたらしめるに必要不可欠な水先案内人なのである」

その大野の原稿には昨日、深夜に開かれた記者会見の写真がそえられており、その中央にアリとアリの“支配者”であるハーバード・モハメットが並んで写っていた。

なるほどそのハーバード・モハメッドの“水先案内”でアリは「奴隷の名前」であるカシアス・クレイを捨ててモハメド・アリという回教名を得、またモハメド・アリとしてベトナム戦争へ徴用されることを拒否したわけだったのだ。

僕は相棒に出し抜かれたことにショックを受けなかった。広い人脈を持ち、英語にも堪能で、アンジェロ・ダンディーにも気さくに話しかけられる大野が、“アリを支配する男”に関して情報を握っていたのは当然だった。

翌日、センタースポーツジムで大野はまた一人の黒人と親しげに話をしていた。僕を認めた大野がその黒人を僕に紹介した。「昨年からアリのセコンドになった、ワリ・モハメッドだ」。ワリは笑みを浮かべて僕に手を差し出してきた。大野はワリに“アリ・アーミー”の実態を尋ねているところだった。ワリが懇切丁寧に大野の質問に答えて言った。「アリ・アーミーと一般に言われているけど、僕は彼らとは一線を画している、いわゆる“アリ・ファミリー”の一員でね。まあアリの私生活に直接タッチ出来る、スタッフというわけさ」。
ワリはアンジェロ・ダンディーの見守る中でトレーニングに励んでいるアリをそっちのけで、僕らに多くを語ってくれた。「アリ・ファミリーはアンジェロ、セコンドのブンディーニ、ブラッドのコンビ、マッサージ師のルイ・シャリアら、アリと古くから運命を共にしている人たちでね。でもアリ・アーミーと呼ばれている連中がどのくらいいるのかは、実は僕にもわからない。今回の人数は40人ほどらしいけど、世界各地で試合をやる度に人数が増えていくんだよ。アリは憎まれ口ばかり叩いているけど、実際に人を疑うことを知らない人間なんだ。だから旅の先々で気に入った人間がいると、もうその日からそいつはアリ・アーミーの一員になっているんだ」。

料理人、ボディガード、メッセンジャーボーイ・・・・。皆、世界各地でアリがほれ込んだ男たちだ。「アリは彼ら全部に衣服と住居を与え、そして食わせているんだよ」。ワリが得意気に続けた。そのアリ・アーミーの全てを取り仕切っているのがハーバード・モハメッドなのか?大野が尋ねると「まあそういうことだ。ハーバードはアリの指導者というだけでなくゼネラル・マネージャーでもあるからね」。ワリが肩をそびやかしながら言った。

帰りがけに僕は大野を食事に誘った。「いい記事だったじゃないか」。僕が笑いながら話しかけると、大野がすまなそうな様子で言った。「あれはむこう(米国)のボクシング雑誌やニューヨーク・タイムズのアリ特集の受け売りでね。(骨董屋の)ヨッさんがあんまり、もったいぶって喋るんで、知っているとは言えなかったんだ。君を騙すつもりはなかったんだ。悪いことしちゃったな」。

しかし僕はワリの話を聞けただけで満足だった。そして僕は、この幾つか年上の大野の記者としての能力に、心の中で改めて敬意を表していた。その大野がいきなりこう言った。
「君が原稿を書き終えたら、アリを直接訪ねてみないか」。
「訪ねるってどこへ?」。僕が驚くと大野はこともなく言った。
「そりゃあ、京王プラザに決まっているよ。今日は猪木側にも何もなさそうだし、8時過ぎれば、アリの食事も終わっているよ」。
「でも入れてくれるはずもないだろう?」。うろたえながら訪ねる僕に大野は平然と言った。
「でもオレたちにはアンジェロやワリ・モハメッドといったアミーゴがいるんだぜ。それとも、アリに直接あいたくないのか?」。
は首を横に振りながら大野の後を追った。

     
     料理人、ボディガード、メッセンジャーボーイ・・・アリの遠征に同行するお付きの集団は
     “アリ・アーミー”と呼ばれた
     
つづく


丸山幸一の
『アリの素顔に接することができた11日間』
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