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 Zine-Column vol.8
ロレダナの誇り
(2013/4/10 WBA女子世界S・フライ級戦より)

船橋 真二郎

まるで、女性ボディビルダーのような肉体、と言っては、やや大げさか。
 それでも、鍛え抜かれ、絞り込まれ、特に肩周りが強調されたみたいな筋肉には自然と目が行く。加えて165cmの長身、171cmという長いリーチ。苦戦の構図は容易に浮かんだ。

 4月10日、東京・後楽園ホールで行われたWBA女子世界スーパーフライ級タイトルマッチ。強打を誇る34歳の王者・山口直子(白井・具志堅スポーツ)の2度目の防衛戦の相手としてイタリアから迎えられた、ロレダナ・ピアッツァのことである。
 1979年12月生まれの33歳。22歳でグローブを握り、20勝10敗というアマチュアキャリアを経て、5年前の2008年6月、プロに転向。2010年12月には南半球のアルゼンチンに飛び、WBO女子世界スーパーフライ級王座決定戦に臨んだ。しかし、地元のカロリーナ・ドゥエルに2度のダウンを奪われ、大差判定負け。ベルト奪取とはならなかった。
 これが唯一の敗戦。5年のキャリアにしては決して多いとは言えない9勝(4KO)1敗の戦績は、それ以降、2年のブランクがあったからだ。2012年12月、2回TKO勝ちで再起。この日、2度目の世界戦にこぎつけた。

 イタリアのボクシング事情が伝わってくる機会は滅多にないが、日本のリングに馴染みがないわけではない。
 古くは、1967年4月、藤猛がハンマーパンチで粉砕したサンドロ・ロポポロ、その4年半後の1971年10月、輪島功一が“蛙跳び”の奇策で翻弄したカルメロ・ボッシといった世界王者が。近年では2008年1月、長谷川穂積(真正)に流血の苦闘を強いたシモーネ・マルドロット、2011年11月、粟生隆寛(帝拳)を大いに苦しめたデビス・ボスキエロといった挑戦者が。それぞれ印象的な足跡を極東の地に残している。

 それでは、イタリア人女性ボクサーはどうだったか。

 力強く、距離の長い左右のストレートに阻まれて、山口が中に入れない。その上で足を使って距離を保たれ、ずるずるとラウンドを重ねる。試合前の最悪の想定は杞憂に終わった。
 3回に1度、4回に2度、いずれも右で山口がダウンを奪う。ややスピードに欠けるロレダナは山口の踏み込みに対応することができず、リーチ差9cmの物理的な距離の優位性は意味をなさなかった。
 それでも、ロレダナは粘った。ガードを固め、山口に打たせておいて、右または左の一発を果敢に合わせた。つまりは、力の劣る者が強者に抗する最後の手段。勝負を諦めない姿勢は十分、心に残った。

 7回開始早々、山口の右で都合4度目のダウン。青コーナーからタオルが投じられて、試合は終わった。

 試合後の控え室。「気分が悪いから」とロレダナはインタビューに応じなかった。気分の悪さはダメージが原因ではない。恋人であり、セコンドにもついた28歳のイタリアライト級ランキングボクサー、マッシミリアノ・バーリサリに氷のうをあてられながら、ロレダナはただ純粋に負けた悔しさだけを噛み締めていた。
 代わりにマネージャー氏が「ヤマグチは強かった」「パンチがあった」と答えるなか、聞きたいことはひとつだった。

 2年間のブランクの理由は何だったのか?

 英語で通訳を務めてくれた国際マッチメーカーのジョー小泉氏が「ブランクではないらしい。スポンサーが見つからず、試合を組むことができなかっただけで、ずっとトレーニングは続けていたそうだ」と教えてくれた。日本の女子ボクシングが置かれた厳しい状況とあまり変わりないのではないか、とジョー小泉氏は話していたが、後日聞いた、現在、イタリア国内で活動している女子プロボクサーは10名程度という数字からも、そのことは想像された。

 それにしても、丸2年である。カフェで働きながら、いつ決まるとも知れない試合に向け、人知れずハードなトレーニングを続けるには、気が遠くなりそうな時間に思えた。
 鍛え上げられたロレダナの身体にあらためて目が行く。彼女のボクサーとしての誇りが見えた気がした。

 取材を終え、5階のエレベーターホールに向かうと、帰路に着くロレダナ陣営の一行3人と一緒になった。マッシミリアノと目が合う。気持ちが通じたのか、悲しげな表情で軽くウィンクしながら、首を傾げ、肩をすくめて見せた。
 沈黙のまま1階に下り、後楽園ホールのある青いビルを出ると、外は暗く、すでに閑散としていた。
 すると、どこか片隅で待っていたのか、ひとりの男性がロレダナに駆け寄り、握手を求め、カメラを差し出した。記念撮影のカメラマン役をマッシミリアノが買って出た。さらに、もうひとり。悪くない光景だった。

 ファンサービスを終えて、一行がJR水道橋駅方面に向かう階段を上っていく。彼女の誇りは、ほんの一瞬だけ、ほんのわずかだけでも、なぐさめられただろうか。目深に帽子をかぶり、うつむき加減に歩くロレダナの心は読み取れなかった。
 ただ、階段の途中でふと立ち止まり、遠く日本で出逢ったファンに向かって、最後に振り返ったマッシミリアノの顔が微笑んでいた。

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