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Zine-Column                                       コラム
 Zine-Column vol.2
ファイトマネー


渋谷 淳
 チャンピオン20億円。挑戦者4億5000万円。
 5月9日、WBO世界ウェルター 級タイトルマッチで対戦したマニー・パッキャオとシェーン・モズリーのファイ トマネーである(これが最低保証額なのでさらに上積みがある)。ラスベガスの スーパーファイトはやっぱ違うよなあ。さすがパッキャオ! いや〜、うらやま しい!  
 さて、話のスケールをググッと小さくするけどご勘弁願いたい。
 日本人ボクサ ーだってファイトマネーをもらう。もちろんその金額は逆の意味でラスベガスと はケタ違いだ。所属するジムによってまちまちなのだけど、日本人の場合、世界 チャンピオンで数千万円程度。日本王者なら100万円くらいだろうか。その下とな れば金額はさらに落ちていく。
 金額が安いのならまだしも、選手が「持ち出し」を余儀なくされる場合もある 。「タイトルマッチをやりたいのなら○○万円用意しなさい」。これは可愛そう だ。選手は気合いを入れて金策するか、ふてくされてやる気を失うか、ぶち切れ てジムを飛び出すしかない。「5万円出すならお前の原稿載せてやってもいいよ 」って言われたらと思うと恐ろしい。やさぐれるよなあ…。
 まあ選手にお金を用意させて試合を組むケースは多くないと思うけど、ファイ トマネーを現金でもらえず、チケットで代用するパターンはよくある話だ(ある いは現金との併用)。つまり、自分で自分の試合のチケットを売ってファイトマ ネーを稼ぎ出す。たくさん売れば懐は温まり(営業力の高いボクサーなら現金で もらうよりもお得なケースも)、売れない選手はすずめの涙で殴り合いだ。
 選手にチケットを売らせるのはおかしいだろう! それはジムの仕事じゃない か! そういきり立ったあなた。正論です(キッパリ)。選手の仕事はリングで お金を払うに値するファイトを見せること。営業が本職ではない彼らにチケット を売らせるのは酷だと思うし、宣伝や集客はプロモーター、つまりは日本で言う ならジムの仕事だ。ファイトマネーはチケット=悪という構図は決して間違って いないと思う。
 ところが1年ほど前、あるジムの会長が「選手が自分でチケットを売ることの メリット」について話しているのを聞き「なるほどな」と妙に納得してしまった 。
 メリットの一つ目は、直にお金を払ってもらうことによって生まれる責任感だ 。ジムにチケットを売ってもらっていると、選手は会場にお客さんが集まるあり がたみを実感しにくい。これが自分で営業して直にお金をもらうと「わざわざオ レの試合を見るために少なくないお金を払ってくれた」という意識が強まり、そ の気持ちは「ヘタな試合はできない。最高の試合をして恩返しをしなければ」と いうモチベーションに発展する。だから練習にも試合にも気合が一段と入る、と いう図式が成立する。
 チケットを売るという営業行為が、ボクシングを引退した後に役立つ。これが 二つ目の効用だ。チケットを売るためには、人に頭を下げなければいけないし、 自分がどういうボクサーか、どういう思いで次の試合に挑もうとしているのか、 ということを相手に対して自分の言葉で説明しなければならない。試合が終わっ たあとにお礼をしたり、あいさつしたりというフォローも必要だろう。こうした 一連のコミュニケーションが、ややもすると世間知らずになりがちなボクサーを 社会人として成長させる。すなわち引退後に生きる。だからこの会長はたとえ1 枚や2枚であっても、自分でチケットを売るという行為を推奨しているのだとい う。
 もちろんジムは宣伝活動などのプロモーション、営業努力をするべきだし、フ ァイトマネーに関しては最低限の保証をするべきである(選手をだますような悪 質なジムは論外だ)。トップ選手がチケットを手売りするような姿も見たくない 。こうした前提を踏まえた上で、チケットを選手が売る効用もあるのだという話 である。
 ラスベガスは遠い─。
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