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Zine-Column                                       コラム
 Zine-Column vol.1
映画『ザ・ファイター』


渋谷 淳
 古今東西、ボクシングを題材にした映画はたくさんある。「レイジングブル」と「ロッキー」は瞬間的にタイトルが浮かんだ。「シンデレラ・マン」と「ミリオンダラー・ベイビー」は映画館で観た。もちろん実写化された「あしたのジョー」だって忘れていない。ボクシングというスポーツはいつの時代もドラマチックで、我々の心を激しく揺さぶる。だから映画になる。映画化しようと考える人が後を絶たない。ボクシング人気が低迷している(日本だけでなく世界的にも)と言われる中、ボクシングを題材にした新しい映画が生まれるたび「ボクシングはまだまだ大丈夫だ」と安堵するのは私だけだろうか。
 さて「ザ・ファイター」である。4月20日、池袋東急にて観賞した。決して大作ではないけれど、なかなかの秀作だった。映画館の暗闇で、流れるエンドロールを背に「いいな」とつぶやける映画だった。
 主人公は80年代から03年まで活躍したミッキー・ウォード(マーク・ウォールバーグ)。タフな打撃戦を得意としたアイルランド系のアメリカ人ボクサーだ。マイナー団体WBUのタイトルしか手にできなかったミッキーが勇名を馳せたのは、元世界王者アーツロ・ガッティとの3番勝負である。この試合はボクシングファンの間でいまだ語り継がれる大激闘であり、使い古された言葉で表現すれば「記録よりも記憶に残るボクサー」がミッキーだった。
 「ザ・ファイター」は、ミッキーの波乱に満ちたボクシング人生を史実に基づいて描いている。才能に恵まれながら怠惰な生活を送り、ついにはドラッグにおぼれたトレーナーの異父兄ディッキー・エクランド(クリスチャン・ベール)。わが子をまるで食い物にしているマネジャーの母アリス(メリッサ・レオ)。個性的な家族に翻弄され、周囲との軋轢に苦しみながら、ミッキーはグローブを握り続ける。マサチューセッツ州ローウェルという少しさびれた街を舞台に、時に物悲しく、時に温かく、物語は進んでいく…。
 ミッキーを演じるマーク・ウォールバーグは、この映画のプロデューサーでもあり、資金集めなどに苦労した挙句、4年半をかけてこの映画を実現させた。朴訥として飾らないミッキーのキャラクターを好演しているだけでなく、映画が日の目を見ない間も、ボクシングのトレーニングだけは欠かさなかったという情熱家でもある。
 弟とは対照的なハイでいい加減な兄ディッキーを演じたクリスチャン・ベールは完璧に「はまった」という印象だ。のちのスーパースター、シュガー・レイ・レナードからダウンを奪ったことを唯一の自慢にし(公式にはスリップダウン)、薬物におぼれていくディッキーは、演じるのが難しい役どころ。このディッキーをベールという俳優は大げさになりすぎず、程よい加減で巧みに演じた。ベールはこの演技でアカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。ちなみに映画芸術科学アカデミーは、母親を演じたメリッサ・レオに最優秀助演女優賞を与えている。
 ボクシングファンとしては、本物のシュガー・レイ・レナードが登場するあたりで、ストーリーとは無関係に興奮するかもしれない(文句なしにかっこいい!)。ちなみに「ザ・ファイター」は、ウォードがガッティと戦う以前の物語であり、聞くところによると、アメリカのボクシング筋からは「ミッキー・ウォードの映画でガッティ戦が描かれていないとは何事だ!」との批判もあるとか。まあ、あの激闘に胸を熱く焦がしたファンとしては、そう言いたくなる気持ちも分からないではないけれど、ボクシングファンにも、そうでない人にもお勧めしたい映画である。
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映画「ザ・ファイター」 by渋谷淳